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鉄。

知識こそ無いものの、やっぱり本質は鉄ちゃんなんだろう。


鉄道ジャーナル という名前の雑誌を買わなくなってから久しい。
中学時代は、少し離れた本屋まで、自転車で山をひとつ超えて買いに行った。
当時の月1000円近い出費は大きかったけれども、
それでも買う価値があったのだろう。

今はネットが普及して、知識を得るのにも苦労しなくなった。
おまけに、雑誌の中で体験する世界よりも、現実で実際に浸る方が
楽しいということに気づいてしまったのかもしれない。

それでも、普段の愛読書が時刻表になりそうな勢い。
JTBの時刻表と鉄道ジャーナルの値段との差はほとんど無い。

雑誌記事を読んでいても楽しくなくなったのは、
いつしか自分が『自分主体』になったからなのだろう。
ちょうど僕が、アニメイトやらゲーマーズやらでグッズを買わなくなった頃と
雑誌の講読をやめた頃はほぼ一致する。

自分自身は、アニメの中の世界にも入れないし、
雑誌の中の旅行記を描いている、ジャーナリストにもなれない。
その中に居るのは、自分じゃないのだ。

けれども、時刻表を眺めているだけなら、自分自身が行っている行動になる。
自分で作り上げた0からの物語は、どこまででも行けそうな気分になる。
自分の頭の中を暴れさせれば暴れさせるほど、物語は広がっていく。

与えられた物語を隅々まで堪能しても、
所詮はひとつの大きな風船の中にいる自分自身であって、
その風船を割りでもしない限り、
その物語以上のことをすることができないのだ。
厳密に言えば、絶対に風船を割ることが出来ないかといえば、
そうでもないのだけれども。

こうやって、以前ほど物語を受け付けなくなった。

それでもいいかもしれない。

物事を生み出す人間になるのだ。

でも、今までの経験を捨てちゃいけない。
自分自身の懐(中学時代の恩師の言葉で:キャパシティ)を広げて、
風船の中でも大いに暴れまわれる人間でないといけないし、
時には中から風船を破ったり、自分で大きな風船を膨らませないといけない。

そこまで出来てこそ、自分だろう。
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